MMX探査機システムの想像図
今田 高峰 (宇宙機システムデザイナー)
最近、土木がマイブームです。
自転車で旅をしていると、山越えルートのカーブの先で、ひょっこりとダムの堤体が現れることがあります。ダムにはいろんな種類がありますが、立地、工期、資材(岩石)、輸送などのさまざまな制約を受けながら、その時点で得られる技術の範囲内で最小の労力で最大の水を貯め込めるように、技術者が知恵の限りを尽くしているのが伝わってきて、毎回出会いを楽しめます。
さて、重力に縛られず空気の抵抗もない、我らが宇宙機のシステムも、そんな技術者の葛藤と無縁ではありません。なにより、重量に関する制約が厳しく、ミッションで使用する機器の視野、制御精度などに合わせながらも、贅肉のついた設計は許されません。図-1の火星衛星探査計画MMXの探査機想像図は、そんな事を考えながら私が3Dでスケッチしたモデルに、ペンタブレットで手描きした背景を加えたものです。
使用したのはShadeという3Dソフトウェアです。解析に使用するモデルなどは本格的なCADを使って作成しますが、レイアウト検討などで使う3Dスケッチは、手軽なShadeで行っています。3Dスケッチでは最初に、寸法が決まっているパーツを作ります。MMX探査機で最も重たい(=最初に搭載場所を決めないといけない)推進薬タンクは、ΔV、推進薬の混合比と密度でサイズが決まります。これは重量物なので、構造に対してバランスよく配置しなければなりません。今回は、打上げ時の強い横振れにも耐えられるように、結合部から円錐構造を伸ばして、クリスマスツリーのような構造にしてみました(図-2)。MMXはこれまでのどの科学衛星よりも大量の推進薬を搭載しますので、重量物であるタンクを支えるには、このような構造が適しているかと思います。
太陽電池の大きさも電力収支から決められます。火星は地球よりも1.5倍以上も太陽から遠いので、得られる太陽エネルギーも半分以下になってしまい、地球周辺で活動する衛星の2倍以上の大きな太陽電池パネルを必要とします。作り貯めた3Dデータの中に太陽電池もあるので、それを拡大して使いました。JAXAで研究している軽量薄膜太陽電池パネルは剛性向上のために湾曲がありますが、見た目重視の想像図では、見栄えのするこの構造を使わない手はありません。
MMXの着陸モジュールで全く新規の部分は、着陸脚とそれに繋がる構造です。はやぶさ、はやぶさ2では、非常に小さな重力の天体でのタッチダウンなので、脚という構造は必要ないのですが、MMXの着陸モジュールは相当な速度で接地しますので、がっちりした脚がないとバウンドしてしまいます。また、着陸時のショックは緩衝材で吸収しますが、それでも最大0.3G程度にもなるので、生半可な構造では1.5トン以上ある機体を支えきれません。そこで、月着陸機を参考にして、図-3のがっちりした脚を構造に直接付けてみました。ただ、ちょっと短足で地表とのクリアランスが取れていないので、次のバージョンでは脚を伸ばす必要があります。
回りを取り巻いている黒い表面は、月周回衛星「かぐや」や火星探査機「のぞみ」で使われた、帯電を防止するための黒色MLI(= Multi-layer Insulation)です。MMX探査機では、金色のMLIと黒色のMLIのどちらを使うか決めていませんが、火星衛星表面は非常に細かいレゴリスで覆われており、着陸前後に舞い上がったレゴリスが表面に付着することを心配していますので、帯電付着の防止として黒色のMLIを使用する可能性が高いと思います。想像図ではタンクの部分だけを金色のMLIにしていますが、これは見た目重視のアクセントで、実際には探査機全体を帯電防止しないといけないので、2種類のMLIを使い分けたりしません。従って、技術的に見ればウソです。図-4で見た目を比較していますが、黒一色はともかく、金一色では間が抜けた感じがします。
技術的な配慮を加えて作成してはいますが、MMX探査機の想像図はまだまだカッコ悪いと思います。一応言い訳しておくと、宇宙機を含めたシステム品の想像図は、最初の方はカッコ悪いものが多いですが、製品になると、なぜかどんな物でもカッコ良くなります。これは見慣れてくるためなのか、技術的に最適化を計っていく段階で、遺伝子に刷り込まれた美意識に沿って修正されていくのかわかりません。その点では、MMX探査機はこれから多くのエンジニア達の葛藤を加えながら技術的に洗練していきますので、どんどんカッコ良くなっていってくれるはずです。今後のMMX探査機の見た目の変化に期待していてください。