火星衛星を見る“眼鏡”:NASAがガンマ線・中性子分光計を選定

宇宙科学研究所 太陽系科学研究系

草野 広樹

 

火星衛星探査計画MMXの科学観測機器の1つであるガンマ線・中性子分光計(Gamma-Ray and Neutron Spectrometer; GRNS)は、NASAが提供する予定になっています。2017年11月17日に、NASAからGRNSの開発を行うチームが公表されました。開発を担当するのは、ジョンズ・ホプキンズ大学応用物理研究所(Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory (APL))のDavid J. Lawrence博士が率いるチームで、2017年3月に開始した公募に応募したチームの中から、NASAとJAXAが協力して実施した審査を経て選定されました。今後、選定されたAPLチームが探査機搭載に向けたGRNSの開発を行い、同時に科学成果や観測運用の議論にも加わって、共同で検討を進めていくことになります。

APLチームは、GRNSの提案にあたって、彼らの機器をMEGANEと名付けました。これは、Mars-moon Exploration with GAmma rays and NEutronsの略で、日本語の「眼鏡」を意識したものであり、文字通り、ガンマ線と中性子の「レンズ」で火星衛星を見る、ということを意図しています。(「レンズ」はあくまで比喩で、実際のMEGANEに光学レンズのようなパーツはありません。)そして、ガンマ線と中性子の観測から分かること、すなわち「MEGANEで見るもの」は、火星衛星表面を構成する元素の情報です。

惑星表面には銀河宇宙線と呼ばれる高エネルギーの荷電粒子が恒常的に降り注いでいて、表面の物質と反応してガンマ線や中性子を作り出します。また、カリウムやウランなど天然に存在する放射性元素の崩壊によってもガンマ線が発生します。これらのガンマ線は元素に固有のエネルギーを持つので、ガンマ線エネルギーの計測によって元素の種類や存在量を決定できます。一方で中性子は、特定のエネルギー帯の中性子強度から、水素の存在量を決定することが重要な役割の1つです。このようなガンマ線・中性子を用いた元素分析は、大気や磁場のない惑星に有効で、これまでに月、火星、水星などの探査で実施されてきました。APLチームは、それらの探査機に搭載する高性能なガンマ線・中性子分光計を開発し、観測を成功させた経験を多く持っています。MMXにとって、非常に強力なチームの協力が得られることになった、と言えると思います。

 

MMXの大きな目的は、火星衛星の起源を解明することです。そして、起源の解明のためには、元素組成や同位体組成など、衛星を構成するものが何か、ということが決定的な情報になります。GRNSは、唯一、衛星の広範囲にわたる元素組成を観測できるという点で、MMXにおいて非常に重要な機器です。最終的な起源の判定は回収サンプルの分析を待つことになりますが、GRNS観測だけでも、起源に関してある程度の(あるいは、起源によっては決定的な)情報を得ることが期待されます。また、サンプル回収地点を選ぶ時も、衛星を代表するサンプルを回収するために、分光カメラや近赤外分光計と合わせて、GRNSの観測データも判断材料として活用されます。このように、MEGANEは、火星衛星の正体を見通すことができる「眼鏡」として、MMXに大きく貢献することになるでしょう。

水星探査機Messengerに搭載されたガンマ線分光計(左図、J.O. Goldsten et al., Space Sci. Rev. 131 (2007) 339.)と、月探査機Lunar Prospectorに搭載された中性子分光計(右図上部、W.C. Feldman et al., J. Geophys. Res. 109 (2004) E07S06.)。MMXのGRNSは、これらの実績品をベースに開発されます。