着陸なんてこわくない
(宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系 大槻真嗣)
大槻真嗣,火星衛星探査計画MMX着陸装置チーム
火星衛星探査計画(MMX)探査機の着陸装置に求められるのは,火星衛星表面にぴたっとくっついて,そのままじーっとすることです.この着陸装置の開発はサンプルリターンカプセルおよびサンプル採取装置と並んで,MMXの重要な技術課題として識別され,早くから検討を始めております.ただし,着陸装置は探査機バスの一部となり,その機能には極めて高い成功率が求められます.
はやぶさ探査機では長期の着陸滞在をせずにサンプルを採取するタッチ&ゴー方式が採用されました.MMXではサンプルを10g以上とるというミッション要求(参照:2017年7月18日記事:火星衛星のレゴリスをごっそり採ってきたい)から,火星衛星表面に長時間滞在することを選びました.
火星衛星は,イトカワ(約10マイクロG)のような他の小天体と比べると重力が大きい(フォボスで約1/2000G)ため,減速に必要な燃料が多い,着陸速度が大きい等,小天体探査の中では量的に厳しい条件で着陸します.一方,小天体表面に探査機をとどめるために重力を利用しますが,地球の月(約1/6G)や火星本体(約1/3G)と比べると重力は小さいため,着陸時の転倒やリバウンドを抑えるために,一般的な月惑星着陸装置を採用することには注意が必要です.
movie.1に諸条件(自由落下高さ,探査機設計等)は同じだが,重力が違う場合(左:地球月の重力,右:火星衛星フォボスの重力)の斜面着陸の一例を示します.ご覧のとおり,火星衛星への着陸は難しいことがわかります.
Movie.1 シミュレーションによる斜面着陸時の転倒解析結果(MMXシステム研究員 中央大学前田孝雄先生による解析.左: 地球月の重力下での着陸.右: 火星衛星フォボス重力下での着陸)
過去に欧州宇宙機関が彗星探査機ロゼッタに搭載した小型着陸機フィラエ(Philae)は,ダンパやハープーン,逆噴射スラスタ,ドリルを用いて,彗星へ一度きりのピンポイント着陸を試みました.結果として,二回リバウンドし,目標地点から大きくはずれ,必要な電力を確保できず,計画されたミッションを行うことができませんでした.このフィラエの着陸において,一回目の着陸で約50Jの運動エネルギを持って彗星表面に接触し,着陸装置内部の減衰および表面との摩擦により90%以上のエネルギ散逸をしました.それにも関わらず,残りの10%で二回リバウンドし,大きく移動を伴っている点に注意しなくてはなりません.
Fig.1 惑星探査機の着陸時の衝突加速度と運動エネルギの相関(両軸とも対数値)
10%で5J(ジュール),復元力となる重力が小さい小天体では非常に大きなエネルギであり,大きな母船が降りるMMXでも簡単に探査機の転倒や水平移動が引き起こされます.Fig.1に探査機着陸時の運動エネルギと天体への衝突加速度の相関を示します.これを見ると,MMXでは,小天体を目指したはやぶさやフィラエより,地球の月へ着陸しているアポロ(Apollo)やサーベーヤ(Surveyor),日本が計画しているSLIMなどに近いことがわかります.つまり,MMXでは,微小重力の天体を探査するにも関わらず,高重力惑星の探査に匹敵する意外と大きな運動エネルギを着陸時に吸収または散逸させる必要があり,それを実現するための着陸装置を開発する難しさも論を待つことはありません.また,MMXでは,世界で誰も成し得ていない,小天体への複数回の着陸滞在に挑戦します.
話が長くなりましたので,続きは次回とさせてください.
※文章中の「G」という記述は,地球重力のことを示しています