MMX搭載ミッション機器「IREM」フライトモデルの開発完了

惑星空間放射線環境モニタ(Interplanetary Radiation Environment Monitor, IREM)は、火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration, MMX)の探査機に搭載される13の搭載機器のうち、太陽高エネルギー粒子のエネルギースペクトルを取得する装置で、得られたデータから、クルーの被ばく線量評価手法を確立することを目指します。

IREMは、太陽フレアから生じる高エネルギー陽子(Solar Proton Events, SPEs)の15~300 MeVまでのエネルギースペクトルを取得し、さらに300 MeV以上の陽子線については、カウント値の取得を目標とするエネルギースペクトルメータの一種です。IREMでは、シリコンセンサと減速材を組み合わせたセンサ構成にすることにより、SPEsだけではなく、銀河宇宙線(Galactic Cosmic Rays, GCR)の一部核種のエネルギースペクトルや線エネルギー付与(Linear Energy Transfer, LET)も計測することを可能としました。

写真3:IREM FM引渡時の集合写真
左から、宮崎、相田、広瀬(JAXA IREM)、磯、堀口(明星電気)、永峰(JAXA MMXプロジェクト)

IREMは、2020年3月から開発メーカ(明星電気株式会社)で基本設計を開始しました。設計審査やエンジニアリングモデル(EM)製造や各種開発試験を経て、2024年3月までに、フライトモデル(FM)の開発完了を確認する認定試験後審査(PQR)及び出荷前審査(PSR)を通過しました。その後、同月に、探査機システムメーカ(三菱電機株式会社)鎌倉製作所に輸送され、輸送後機能確認の後に、正式に引渡されました。

今後は、探査機・復路モジュールに組付けられて、探査機システム総合試験に供されることになります。

図 :MMX搭載機器コンフィギューレーション図
IREMの取り付け部は、図のFrom+Xの画像上を参照。

IREMの開発責任者(PI)
JAXA研究開発部門 第一研究ユニット 研究領域主幹 宮崎英治 コメント

思い返せば、IREM開発における難所はいろいろとありました。その中でも、放射線照射試験は特に厳しいものでした。開発スケジュールに適合する照射試験施設の利用機会が得られるかどうか、確証が持てないまま時間が過ぎ、不安な日々を送ったことを思い出します。幸いなことに、2023年度中に2度の照射試験機会を得ることができ、IREMの性能出しを十分に行うことができました。こうして、自信を持って探査機システムに送り出すことができたのは、明星電気様、照射試験施設様のご尽力のおかげと、感謝しております。ありがとうございます。また、IREM開発のチームメンバー広瀬さん、相田さん、松本さんの奮闘なくしてIREMの完成はありませんでした。この場を借りて謝意を表します。
IREMの観測結果は、理学・工学両面で、多くの成果をもたらすものと確信しております。IREM観測で得られる知見獲得にご期待ください。

IREMの機器開発担当者
JAXA研究開発部門 第一研究ユニット 研究開発員 相田 真里 コメント

完成したIREMのフライト品を目の前にして、この日を無事に迎えられたこと、非常に感慨深いです。2020年頃からIREMの開発が本格化し、これまで設計検討から、技術構築、宇宙環境試験など、様々なフェーズを乗り超えてきました。いずれの場面でも、先人の教えの通り、装置開発というものは一筋縄には進まないものでした。どれだけ机上で性能を立証できていたとしても、開発装置を動作させ試験をすることで、思わぬところに不具合が潜んでいることもありました。時には予想外のトラブルに肝を冷やすこともあり、各開発場面では困難と挫折の連続でした。その度に、課題解決に向けた多くの議論を重ね、技術対応のために、製造工場にも幾度となく足を運び、宇宙環境に適用できる装置づくりの苦悩を痛感しました。まさに「一難去ってまた一難」という状況が続く中、とにかく目の前の状況を改善し前に進める一心で取り組んで参りました。そんなJAXA IREMチームがこの日を迎えられたのも、技術検討から製造工程までお引き受けいただいた明星電気株式会社の皆様、照射試験設備をご提供いただいた研究機関および関連企業の皆様,そしてIREM立上げ当初から開発にご尽力いただいたJAXAメンバーのおかげであり、改めて宇宙機開発の規模の大きさや人脈の大切さを実感しました。この場を借りて感謝を申し上げます。今後は、MMX衛星にIREMを取り付け、探査機全体を用いた地上試験や運用に向けた設備の構築など、まだまだ課題は残されています。一つ一つの課題に対し真摯に向き合い、気を引き締めて取り組んで参ります。

IREMの開発企業担当者
明星電気株式会社宇宙防衛事業部技術部システム開発グループ 磯 匠 様のコメント

IREMの開発にあたり、多くの方々からのご協力をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。IREMは従来弊社が開発に携わった宇宙環境計測装置に比べてセンサ枚数が多いことと測定レンジが広いことから高性能且つ多機能な仕様になっており、各機能の調整や検証、較正には多大な労力が必要でした。較正には実際に陽子線や重粒子線を照射する必要がありますが、そのような施設は国内外を問わず多くありません。貴重なマシンタイムを提供していただいた国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構様、国立大学法人東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター様、国立大学法人山形大学医学部東日本重粒子センター様には改めて感謝申し上げます。
多くの困難を乗り越えて、ようやく引き渡しと合流が完了し、大変安堵しております。まだMMX全体の地上試験など、山場は多く残されていますが、無事に打ち上げが行われ、IREMからのデータが地上で確認できることを楽しみにしております。

注釈:

・EM:エンジニアリングモデル
・FM:フライトモデル
・PQR:認定試験後審査(Post Qualification Test Review)
・PSR:出荷前審査(Pre-Shipment Review)


関連リンク:

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