MEGANE の PSR (出荷前審査) が完了しました
記事執筆:JAXA MEGANE 担当 小川 和律
2023年8月10日に、ジョンズ・ホプキンス大学 (JHU) 応用物理研究所 (APL) にて、MMX に搭載する観測装置の一つ「MEGANE」の PSR (Pre-Shipment Review: 出荷前審査) を開催して、審査を完了しました。

MEGANE (めがね) は Mars-moon Exploration with GAmma-rays and NEutrons の頭文字をとった名称で、日本語では「ガンマ線・中性子線分光計」です。この装置は、高純度ゲルマニウム (HPGe) のガンマ線検出器と、2本の 3He ガス比例計数管 (GPC) からなる中性子検出器、さらにこれらをコントロールするための電子回路からなる制御ユニットで構成されています。HPGe の半導体結晶はX線やガンマ線といった放射線に感度があり、高電圧を印加した結晶にガンマ線が当たるとそのエネルギーに準じる量の電子が発生し、これが電気信号として検出されます。GPC はヘリウムの同位体である 3He のガスを封入したシリンダで、中性子がこれと反応すると陽子を生成し、さらにそれが付近のガスをイオン化します。これが内部の電極で電気信号として検出されます。このように、MEGANE は文字通りガンマ線と中性子線を検出して、そのエネルギーを測定する装置です。
フォボスのような大気が無い天体では、宇宙空間に普遍的に飛び交っている銀河宇宙線が表面に衝突すると、地表面を構成する元素の原子核と反応して、中性子やガンマ線が生成され、宇宙空間に放出されます。また、外的要因が無くとも自ら中性子やガンマ線を放出する原子核も存在します (放射性同位体)。これらの放射線は、反応した原子核の種類ごとに特定のエネルギーを持つことが分かっています。ですので、MEGANE がこれらの放射線のエネルギーを測定することによって、フォボスの地表面を構成する元素の種類や比率、分布を、MMX 探査機の軌道上から決定することができます。すなわち MEGANE は、フォボスがどのような物質で出来ているかをフォボスの広い領域で網羅的に、かつ直接的に観測する能力を持っており、MMX の科学目的である火星衛星の起源や火星圏進化史の解明、さらにフォボス上の着陸地点の選定のために重要な役割を果たすことが期待されます。

MMX では、JAXA-NASA 間の国際協力として、このようなガンマ線・中性子線分光計を米国が提供することとしており、NASAの管理下のもと、APL が MEGANE の開発を担当しています。APL は米国メリーランド州ローレルに本拠地がある大規模な研究センターで、首都ワシントン D.C. から車で1時間ほどのところに位置しています。惑星探査機や搭載装置の開発の分野でも、その規模や能力において米国で有数の機関です。MEGANE はこの APL のキャンパスで開発され、今回の PSR もこちらで開催されました。
PSR とは、観測装置のフライトモデルを最後に探査機本体に輸送・合流させる前に行う審査会です。この審査では、機能・性能、試験結果、品質、文書制定などの観点で、その装置が合流することに問題が無いかを確認します。探査機に搭載する観測装置の開発では、そのフェーズが進むごとに、それぞれの節目でこういった審査会を開催して次のフェーズに進めるかの判定を行いますが、PSR はその中の最後の審査会であり、およそフライトモデルが完成したことを示すものになります。国外で開催する審査会では、コロナ禍の中しばらく日本からはリモート参加が続いていましたが、今回 MEGANE の PSR には日本から JAXA の4名が現地で参加しました。
今後、MEGANE フライトモデルは APL で最後の調整を行ったのち、まもなく日本に輸送され、三菱電機・鎌倉製作所にて開発中の MMX 探査機本体に組み付けられる予定です。
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