フォボスを作る
宮本英昭(東大・システム創成学専攻)
火星衛星探査計画(MMX)の着陸候補となっている火星の衛星フォボスを、私たちは「火星の上空に浮かぶ石炭」と呼んでいます。火星表面からたった6000 kmの距離をほぼ完全な円軌道で周回しているこの天体は、石炭のように色が黒く(図1)、かなり低密度です。反射スペクトルの特徴は炭素質隕石と似ており、炭素(有機物)を多く含む物質で構成されていても不思議ではありません。MMXはこのような奇妙な天体に降り立ってサンプルを取得しよう、という挑戦的な計画です。
最大の難点は、着陸機の設計とサンプル取得方法の決定です。地上であれば対象地の物質を使い繰り返し試験を重ねることができますが、フォボスにはまだ誰も探査機を送ることすら成功しておらず、どういう物質でできているのかわかりません。そこで本計画検討チームは、米国や欧州、ロシアなどの研究者らと協働して、過去に打ち上げた火星探査機によるフォボス観測の結果を多角的に検討しています。しかし表面の温度や起伏などはある程度推定できるとはいえ、粒度や帯電状態など、観測的にも理論的にも推定しきれない部分がどうしても残ってしまいます。
フォボスの起源はわかっていませんが、火星重力によって捕獲された小惑星か、火星から放出された物質が凝縮したものの、どちらかだろうと考えられています。前者ならば小惑星が起源である炭素質隕石(たとえばタギッシュレイク隕石)に、後者であれば火星から来た隕石(火星隕石)に、フォボスの表面物質が似ていると仮定するのは合理的な考え方でしょう。いずれのタイプの隕石も希少性が高く、実験に使えるほどの量を用意することができませんが、人工的にこれらの隕石に類似した模擬物質(シミュラント)を地上で作ることができれば、探査機の設計に重要な役割を果たすことになりそうです。
そこで検討チームでは、これらの隕石の組成や岩石組織、構成鉱物を参考にして、さまざまな岩石・鉱物粒子を集めて研究室で圧密し岩石を試作しています(図1)。試行錯誤の結果、こうした種類の隕石と良く似た性質を示す物質を作ることができるようになりました。この妥当性については、ロシアや米国の科学者らとも慎重に議論をすすめているところですが、同時にこうした物質を実験で利用できるほど大量に量産しようと準備をしています。日本は小さな国ですが地質学的には活動帯に位置し、それゆえ小規模ではあっても多様な鉱物を採取することができます。そこで全国の採石場のご協力を得て、この模擬物質を作るために必要なさまざまな鉱物を、キログラムではなくトンの単位で、しかも多様な粒子状態で集めているところです。近い将来、こうした物質を使って大規模で現実的な実験を行いたいと考えています。