フォボスとダイモスはD型小惑星かもしれない。でも、それってどういうこと?

火星の月がどのようにしてできたのかについて、大きく分けて2つの説があります。1つ目は、フォボスとダイモスが、火星への巨大な小天体の衝突によって軌道上に舞い上がった破片が集まってできたというものです(巨大衝突説)。もう1つは、太陽系外縁部から太陽に向かって移動していた小惑星が、火星の重力によって捕獲されたというものです(捕獲小惑星説) (詳しくは「火星衛星はどのようにできたのでしょうか?」をご覧ください)。

捕獲小惑星説は、2つの証拠から成り立っています。1つは、フォボス・ダイモスが小惑星に似ているという点で、そのゴツゴツした非球形の形状は、小惑星帯や木星トロージャン、ケンタウルス、カイパーベルトなどに存在する太陽の周りを回る他の小天体に似ています。もう1つは、フォボス・ダイモスから反射される光のスペクトルがD型小惑星のそれに似ていることです。では、D型小惑星とはどのようなもので、火星衛星探査計画MMX(Martian Moons eXploration)ミッションがこの小惑星クラスのサンプルを持ち帰ることの科学的重要性はどのようなものでしょうか?

フォボスは何型小惑星?(YouTube)

地球から見ると小惑星は通常、点光源であり明るい局所的なピンポイントの光で、その存在を示しますが、その形状はわかりません。小惑星の回転に伴う明るさの変化を利用して形状をモデル化することはできますが、その結果はあまり正確ではありません。小惑星探査機「はやぶさ2」が2018年6月に小惑星リュウグウ付近に到達する前は、リュウグウの外観は半球状の塊だと推測されていました。リュウグウの表面はあまりにも謎に包まれていたため、ミッションチームはスペースアートコンテストを開催し、小惑星の外観に関する想像図を募集しました。しかし、菱形の小惑星の表面に大きな岩があることは、ミッションチームでさえも予想できませんでした。

地球からは小惑星はその姿を読み取ることはできませんが、その表面で反射する光の波長の違いによって、小惑星はさまざまなクラスに分類されます。

小惑星からの反射光には、小惑星のクラスを決定する2つの主な特性があります。1つ目は、表面から反射される光の総量です。これは「アルベド」と呼ばれています。フォボスとダイモスはアルベドが非常に低く、光をほとんど反射しない非常に暗い衛星であることがわかっています。

S型 小惑星イトカワ (左), C型 小惑星リュウグウ (中) とフォボス (クレジット:JAXA, 東京大など / ESA /DLR / FU Berlin).

2つ目の特性は、波長ごとに反射される光の量です。これは小惑星の「スペクトル」と呼ばれています。通常は波長ごとに反射光の量をプロットしたグラフで示されます。

長波長側で反射光が多くなると、その小惑星は「赤い小惑星」と呼ばれます。逆に、長い波長の光が少ないことを示す減少線が見られる場合は、「青い小惑星」と呼ばれます。赤と青は可視光の中で最も長い波長と最も短い波長であるため、これらの名前は反射光が主に長い波長であるか短い波長であるかを示しています。しかし、実際の小惑星を見ると反射光の大半は赤外線であるため、赤や青には見えるわけではありません。

アルベドやスペクトルの特徴は小惑星の組成に依存しているため、小惑星の種類を分類するのに適した指標です。

フォボスとダイモスのスペクトルは非常に赤く、長波長の光を最も強く反射します。アルベドの低さと赤いスペクトルの組み合わせはD型小惑星の特徴でもあり、火星の2つの月はこのクラスの小惑星の捕獲例ではないかと考えられています。

なお、「はやぶさ」「はやぶさ2」ミッションの目的地である小惑星「イトカワ」「リュウグウ」は、それぞれS型、C型の小惑星です。

小惑星の模式的なスペクトル:S型(イトカワ)、C型(リュウグウ)、D型(フォボスやダイモスはD型の可能性が高い)

S型(または「石質」/「珪質」)小惑星

このクラスの小惑星は、主に小惑星帯の中で、特に太陽に近い内側の領域に存在します。アルベドは0.1〜0.22程度と中程度で、赤色のスペクトルは0.3〜0.7ミクロン程度までほぼ直線的に増加し、その後平坦になります。スペクトルの1ミクロン付近のディップ(特徴)は、S型小惑星の主成分である珪酸塩による吸収を示しています。

小惑星探査機「はやぶさ」がS型小惑星イトカワから持ち帰ったサンプルから、S型小惑星が地球で発見された普通隕石に相当することが明らかになりました。これは水などの揮発性物質に乏しい一般的な種類の隕石です。

S型小惑星はC型小惑星とは異なり、形成時に強い加熱を受けたと考えられています。そのために化学組成が変化し、その過程で枯渇する揮発性物質が含まれていないと考えられています。

C型(または「炭素質」)小惑星

これらの小惑星のアルベドは小さく、通常は0.03〜0.09程度です。小惑星探査機「はやぶさ2」の目的地であるC型小惑星リュウグウは、アルベドが約0.04と特に暗い値でした。そのため、「はやぶさ2」のミッションチームは、搭載されているLIDARの設定を調整して、反射率の低いビームを検出して高度を測定する必要がありました。C型小惑星のスペクトルは、S型に比べて平坦で特徴がありません。

C型小惑星は、小惑星帯の中で最も数が多いタイプの小惑星で、外縁部に行くほどその数が増えていきます。内側に多いS型小惑星に比べて地球から遠いため、C型小惑星の隕石が地球上で発見されることはあまりありません。

炭素質コンドライト隕石はC型小惑星が起源と考えられており、有機物などの炭素系分子や含水鉱物などの揮発性物質が豊富に含まれています。C型小惑星は地球よりも太陽から遠く、水が固体の氷になるアイスラインを越えたところで形成されたと考えられています。このクラスの小惑星は太陽系初期に形成されて以来、ほとんど変化していないと考えられています。そのため、リュウグウのサンプルは有機物や水がどのようにして太陽系外縁部から若い地球に運ばれてきたのかを明らかにすることが期待されています。

D型小惑星

D型小惑星はC型小惑星と同様にアルベドが低く、S型やC型に比べてスペクトルの赤の傾きが非常に急であることが特徴です。D型小惑星の多くは小惑星帯の外側、ガス惑星の領域に存在しています。D型小惑星のスペクトルの赤さは太陽系外縁部の海王星周辺の小天体に勝るとも劣りません。

D型小惑星についてはあまりよくわかっていませんが、2000年にカナダのタギッシュ湖付近に落下したタギッシュレイク隕石の起源はD型小惑星ではないかと考えられています。このクラスの小惑星はC型小惑星よりもさらに遠くで形成されると考えられており、その場所は二酸化炭素が凍って固体になる条件を超えています。そのため、C型小惑星よりもさらに多くの水や二酸化炭素などの揮発性物質を含み、有機物も豊富に含まれていると考えられています。

フォボス着陸時の火星衛星探査機(MMX)の想像図

火星衛星探査計画MMXミッションの最大の目的は、火星の月の組成を調べることでその起源を明らかにすることです。もし火星の月が火星とは異なる物質で構成されているならば、D型小惑星が捕獲された可能性が高いということになります。太陽系外縁部から地球型惑星の領域に移動したと考えられる物質の一例を火星が捕獲して保存したことになります。

月・小惑星のサンプルがあれば、氷が形成されていた興味深い場所での太陽系初期の状態を知ることができます。またC型リュウグウのデータと組み合わせることで、地球型惑星の領域で利用可能だった水と有機物の混合物を解明することができます。

この結果は惑星系がどのように形成され固体物質がどのように混ざり合っているのか、また居住可能な環境ができ始めた時とその後に惑星上で発展した条件を明らかにするのに役立ちます。

MMXと「はやぶさ」の2つのミッションに加えて、現在、NASAのOSIRIS-RExがC型と似たクラスのB型小惑星のサンプルを携え、地球帰還の途にあります。また、木星のトロヤ小惑星を探査するNASAの「LUCY」ミッションでは、その周辺にあるC型とD型の小惑星をクローズアップして観測する予定です。このように、私たちの存在の始まりの断片を調べることで、私たちの惑星系の始まりの地図を作り上げることができるのです。