MMXのサンプルに火星の古代大気がふくまれるかも?!

火星周回中のMAVEN(メイヴン)の想像図(クレジット: NASA/GSFC)

火星衛星探査計画MMX(Martin Moons eXploration)は2029年度に火星の衛星「フォボス」の物質が入ったサンプルカプセルを持ち帰る計画です。このサンプルには、火星の衛星の組成や歴史を明らかにするだけでなく、赤い惑星である火星の歴史をも解き明かす手掛かりとなりえる火星から放出された粒も含まれていることが期待されています。加えて最近の研究では、MMXのサンプルには火星の古代大気の痕跡も含まれている可能性があることを示唆されています。

現在の火星は、惑星表面に水が存在するにはあまりにも大気が薄すぎます。 しかし、火星の地形の特徴は、かつて火星に川が流れていたこと、つまり、初期の火星には今よりも濃い大気が存在していたことを示しています。 しかし、この大気はどのようなものだったのでしょうか? カリフォルニア大学バークレー校のクエンティン・ネノン博士率いるアメリカの研究チームがネイチャー・ジオサイエンス誌に発表した興味深い研究によると、その答えがフォボスのレゴリスに埋め込まれている可能性があるようです。

研究チームは、アメリカ航空宇宙局NASAの火星大気揮発進化(Mars Atmosphere and Volatile Evolution: MAVEN) 探査機のデータを用いて、フォボスの軌道近くに存在する火星の大気から発生したイオン(電荷を持つ原子)を調べました。研究チームは、これまでの火星の歴史の中で、火星の大気由来のイオンが絶えずフォボスに流れ込み、それらのイオンがフォボスのレゴリスに埋め込まれ、その中に火星の大気の歴史をとどめているのではないかと提案しています。

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」の想像図(クレジット: JAXA)

衛星のサンプルによって惑星の過去の大気をカタログ化できるという証拠は、以前にも示されています。宇宙航空研究開発機構 JAXAの月探査機「かぐや(SELENE)」は、地球から離脱した大気の原子が、月のレゴリスの表面に保持されているという証拠を発見しました。 また、フォボスは地球と月の距離の約60分の1の距離で火星を周回しているため、火星待機由来の物質がフォボスに到達する確率が格段に高いことが予想されています。

酸素、水素、窒素、二酸化炭素、アルゴンなどの大気中のイオンは、すべてフォボスのレゴリスに埋め込まれている可能性があります。 いったんレゴリスに取り込まれたイオンは、再び表面に移動し、宇宙空間に戻ってくる可能性もあります。 しかし、このプロセスに要する時間のスケールは原子によって異なります。水素原子はすぐにレゴリスから放出される可能性がありますが、酸素原子や窒素やアルゴンなどの希ガスの原子は、何百万年から何十億年もレゴリスに閉じ込められたままになる可能性もあります。 それが正しいとなると、これらのフォボスのレゴリスに含まれているイオンは、火星の古代大気が居住可能な惑星であったという説の証拠となりえます。

火星の大気だけがイオンの発生源ではありません。 太陽風にも同様のイオンが含まれており、フォボスのレゴリスにもイオンを送り込んでいます。 しかし、太陽風はエネルギーが高いため、太陽風によってもたらされるイオンは火星からのイオンよりもレゴリスの中に深く埋め込まれる可能性が高いことを意味します。 さらに、同位体組成(イオンの核に含まれる中性子の数)は、2つのイオン源の間で異なる可能性が高く、その起源を決定することができると考えられています。

フォボス周回中の火星衛星探査機MMXから見たフォボス越しに見える「火星の出」の想像図 (クレジット: JAXA/NASA)

地球の月と同じように、フォボスは、片方の面が常に火星に向いている状態で、火星の周りをまわっています。 火星に面した面が固定されているため、火星に面した側が、裏側に比べて15~100倍も多くの火星由来イオンの蓄積が予想されることを意味します。 このことは、MMXミッションにおいて、探査機がフォボス表面をスキャンして着陸に適した場所を探す際に重要な考慮事項となります。

火星の大気由来のイオンは、フォボスの表面にあるレゴリスの最上層(数百ナノメートル)に埋め込まれていると予想されています。もしMMX探査機がフォボスの火星側に着陸することができれば、これらのイオンは探査機に搭載されているニューマティックサンプラー(Pneumatic Sampler: フォボスの表面からレゴリスを採取するために、NASAから提供される空気圧によってサンプルを採取するシステム)によって回収できる可能性があります。なお、MMXに搭載されるもう一つのサンプル採取機構であるCサンプラーは、フォボス自身の組成に関連する物質を回収するために、表面から2cm以深までの外部からの影響が少ないと予想されるサンプルを回収することを目指しています。

火星からのイオンの輸送は、火星の大気の歴史をフォボスのレゴリスに埋め込むだけでなく、フォボスの表面の進化を変える可能性があります。 宇宙風化は衛星や小惑星のような空気のない天体の表面を変化させますが、衛星の進化や年代などの性質を正しく解釈するためには、その源を理解しなければなりません。太陽風の粒子は衛星の表面に満遍なく衝突すると考えられますが、フォボスの火星に面した側では、火星からのイオンの移動のために、より大きな風化作用をうけることが予想されます。 このような変化は、フォボスの表面を高解像度でマッピングすることを目的としてMMX探査機に搭載されている「MIRS」や「OROCHI」などの観測機器によって検出できるかもしれません。

フォボス自身の形成と進化の歴史は、私たちの太陽系の形成に関する情報のタイムカプセルです。 しかし、私たちが火星圏の歴史を知るにつれ、この小さな火星の衛星は、私たちが解き明かすのを待っている秘密のタイムカプセルであることは明らかです。


論文タイトル:: Implantation of Martian atmospheric ions within the regolith of Phobos

DOI: 10.1038/s41561-020-00682-0

著者:: Q. Nénon*, A. R. Poppe, A. Rahmati & J. P. McFadden
(*責任著者)

所属機関:
Space Sciences Laboratory, University of California at Berkeley, Berkeley, CA, USA.