なぜみんな今,火星探査機を打ち上げるのか?

記事執筆:尾崎直哉(宇宙研宇宙機応用工学研究系)

アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機ホープ,中国の探査機天問1号,アメリカのパーセヴェランスローバーと,この夏、多くの火星探査機・ローバーが打ち上げられます.なぜみんな今のタイミングで火星探査機を打ち上げるのでしょうか??急に火星探査ブームが到来したのでしょうか??

実は地球から火星へ探査機を効率的に運ぶことができる(=少ないロケット燃料で大きな探査機を運ぶことができる)のが,まさに今のタイミングなのです.このようなタイミングは約2年に1回の頻度で訪れます.

「なぜ今のタイミングなのか」詳しく説明しましょう.

図1: 地球から火星に向けて運ぶための効率的な打上げ方

地球を出発した探査機は太陽の重力に引っ張られて,太陽の周りを楕円を描くように飛んでいくので,地球の公転速度の方向に飛ばした方が効率的です(図1).ボール投げをイメージしてもらうと,止まった状態からボールを投げるより,前に走りながらボールを投げた方が遠くまで飛ばせると思います(もちろん,フォームが崩れると逆に飛ばなくなると思いますが).火星に到着するときも同じです.正面から飛んでくるボールに対して,後ろに下がりながらキャッチした方がソフトに捕まえられるように、火星の公転速度と探査機の速度の方向が同じになるようにすると,効率的に火星の周りをまわる軌道に留まることができます.

図2: 地球から火星へ飛ぶための効率的な軌道

また、楕円の近点上(太陽に最も近い地点)に地球,遠点側(太陽から最も遠い地点)に火星が来るように飛ばすと最も効率が良くなります(図2).少し直感的な説明になりましたが,より正確に知りたい方は”ホーマン遷移軌道(Hohmann Transfer Orbit)”という言葉で調べてみてください.実際には,火星の軌道は円からズレている(図3のMarsを参照)ので,ホーマン遷移軌道のようにぴったり180°で交わることはありませんが,MMXの軌道例でも地球出発からおおよそ180°先で火星に到着しています.

図3:MMXの軌道の例(注:日付は解析上の一例)

地球と火星の軌道は変えられないので,このように打ち上げられるタイミングは既に決まっています.そのタイミングが,まさに今(2020年7月〜8月に地球出発)なのです.次のタイミングは,2022年8月〜9月,その先が2024年の9月〜10月(火星衛星探査計画MMXが打上げられる予定のタイミング!!)になります.こうして見てみると,2年数ヶ月の頻度で,周期的に効率的なタイミングが訪れていることが分かると思います.このように2つの惑星がある位置関係になってから,次に同じ関係になるまでの時間を会合周期と呼びます.会合周期は,簡単な四則演算で計算できて(試してみてください!),地球と火星の場合は,2年1.6ヶ月という周期になります.繰り返しになりますが,実際には,火星が円軌道からズレている影響等により,効率的に打ち上げられるタイミングは数ヶ月の誤差があります.また,効率性より,短時間で飛んでいくことを重視する(例えば,有人火星探査で早く火星に着きたい)場合などは,軌道が異なってきます.

MMXが打上げられるのは,次の次のタイミングになりますので,約4年後お楽しみに!