MMXは火星の有機物の痕跡をフォボスから得られるか?!

火星由来の岩石(火星隕石)から、40億年前の有機物が発見されました。これは、かつての “赤い惑星” が、水や有機物に覆われていたのかもしれないことを示しています。このような太古の火星の物質は、火星の月であるフォボスにも降り積もっていると予想されます。火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration: MMX)によって採取されるフォボス試料には、かつての火星に存在した有機物の痕跡が含まれているかもしれません。

図1.火星隕石ALH 84001。(左)全体像。枠で囲んだ領域に, 炭酸塩鉱物が集まっている. (右) 炭酸塩鉱物(オレンジ色の粒々)の光学顕微鏡像。Koike et al. (2020) より.

研究成果の概要
宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所の臼井寛裕教授・小池みずほ学振特別研究員(現職:広島大学助教)らの研究グループは、火星隕石中の炭酸塩鉱物(地球上では熱水からの析出や鉱石の風化などにより生成されることが多い鉱物)が有機窒素化合物(炭素と窒素を含む化合物で肥料に含まれていることが多い)を保持していることを発見しました。研究チームは、この有機物が40億年前の火星由来であると推測しています。

太古の火星には、液体の水(海や湖、地下水など)が存在したとされています(ノアキス期:41-37億年前)。この時代の火星に存在した有機物の一部は、水に溶け込み、周囲の岩石との化学反応を介して鉱物に取り込まれたことで、現在まで壊れずに保存されたと考えられています。今回の発見は、かつての火星の環境が、初期地球のような水や有機物に富んだものだった可能性を示すものです。

これまでに地球で確認されている200個ほどの火星隕石のうち、このような太古の火星物質を含むものは2個のみと、実はごく稀です。しかし、火星の月であるフォボスには、地球まで届かないような火星物質も多く降り積もっています。その中には太古の有機物なども含まれているかもしれません。火星衛星探査計画(Martian Moon eXploration; MMX)では、このようなフォボスの表面の物質を回収する計画です。フォボスの試料を通して、火星の有機物史の解明や、さらなる火星生命の探求が、今後10年で飛躍的に進むことでしょう。

本発見に関する論文は、2020年4月24日付けの国際学術誌「Nature Communications」(電子版)に掲載されました。

隕石から火星の有機物を発見
有機物は、地球の生命の基本的な材料です。火星に有機物が存在することは、必ずしもそれ単独で生命の証拠にはならないものの、火星が生命の存在できる環境であった可能性(生命居住可能性・ハビタビリティ)を探る上で非常に重要な手がかりになります。近年の着陸探査機の調査で、火星の有機物の証拠が見つかりつつあります。しかし、この有機物の起源や分布、火星での保存メカニズム、未知の火星生命との関係性などは、未だに解明されていません。今回の火星隕石からの発見は、この複雑な「火星史のパズル」に重要な1ピースを提供するものと言えます。

1984年に南極で発見された火星隕石Allan Hills (ALH) 84001 は、非常に重要でエキサイティングな隕石でした。この隕石には、40億年前の火星の水から晶出(液体から結晶が分かれて生成すること)した、小さな炭酸塩鉱物の粒々(図1)が存在しています。当時の火星に何らかの地質活動(あるいは、生命活動)があれば、その痕跡は、この炭酸塩に刻まれている筈です。研究チームは、炭酸塩が不純物として取り込んでいる有機物に着目しました。

ALH84001の炭酸塩は貴重な試料として世界の研究者の注目を集めてきました。しかし、過去の研究で主に実施されてきた「破壊分析法」(隕石を加熱や酸分解で破壊し、内部に含まれる成分を調べる化学分析法)では、隕石に南極(など、隕石が落下した場所)由来の地球物質が混入してしまうことが問題でした。これでは、隕石が本来持つ火星由来の有機物の調査が困難になってしまいます。

図2. 採取したALH84001炭酸塩鉱物粒(左)と、そこから得られた窒素のX線吸収スペクトル(右)。上3つが炭酸塩のスペクトル(Crb-1-3)、下は参照試薬など。水色の網掛け部分が、有機窒素化合物に特有の吸収エネルギー位置。右図は、中央の図の拡大。(Koike et al. 2020)

そこで今回、研究チームは、火星隕石への地球物質の混入を低減するべく、新たに「窒素(元素記号: N)の局所非破壊分析」を実現しました。放射光(SPring-8)を利用して100分の1ミリメートルほどにまで細く絞ったX線を試料に照射し、試料から出るX線の吸収エネルギーを解析することで、含まれる窒素の酸化還元状態や化合物などを推定できます(図2)。この分析法により、直径10分の1ミリメートル程度と小さなALH84001炭酸塩を「破壊せずに」調べることが可能となりました。窒素は、地球生命の基本材料であり、惑星の環境進化やハビタビリティの指標となる重要な元素です。研究チームは、炭酸塩にごくわずかに含まれる窒素を利用し、太古の火星環境の推定を目指しました。(図2)

その結果、ALH84001炭酸塩の窒素が有機分子の形をとっていることが分かりました。炭酸塩以外の試料に対して同様の比較分析を行っても有機分子は検出されなかったことから、これらは地球の混入物ではなく、ノアキス期の火星由来の有機物であると推測されます。一方、同じ炭酸塩から無機的な硝酸塩は検出されませんでした。一酸化窒素(化学式: NO) や二酸化窒素(NO2)などの窒素酸化物は、窒素と酸素が結びついた「酸化剤」で、火星を赤く錆びさせた要因の1つです。現在の火星の表土や岩石には、窒素酸化物と岩石成分が反応して生成した硝酸塩が含まれています。ノアキス期の火星の石に硝酸塩が見つからないということは、当時の火星は、現在のように「赤く」錆びてはおらず、水や有機物に富む世界だった可能性を示唆しています。

現在の火星の表層は、有機物にとっては過酷な環境で、短時間で多くの分子が壊れてしまいます。しかし、太古に存在した有機物が、水を介して岩石に取り込まれ、地下に持ち去られれば、現在まで生き残ることも可能です。今回発見された有機窒素化合物は、40億年前に火星の水(表層水または地下水)に溶け込み、炭酸塩の晶出時に岩石へ捕獲されたことで、長期間保存されました。その後、この炭酸塩と周囲の岩石は約1600万年前の隕石衝突で火星重力圏を飛び出し、「火星隕石」として約1万年前に地球の南極へ届けられたのです。(図3)

このような有機窒素化合物の「元々の起源」は、未だに解明されていません。考えられる可能性は、(1)宇宙から火星へ届けられたか、(2)火星上で生成されたか、の2つです。初期の火星には、炭素質隕石(リュウグウなどの小惑星の欠片)や彗星物質などの小天体が頻繁に降り注いだ、と予想されています。これらに含まれていた有機物の一部が、火星の水に溶け、炭酸塩に取り込まれたのかもしれません。あるいは、かつての火星の地質活動などで作られたアンモニア(NH3)が炭化水素と反応して、火星上の“その場で” 有機窒素化合物が生成されたのかもしれません。(図3)

いずれのケースにせよ、今回の発見は、かつての火星が「赤い惑星」ではなく、より地球に近い環境の惑星であったことを示唆するものと言えます。

図3. 40億年前の火星環境の予想(上)と現在(下)。かつての火星に供給・生成された有機窒素化合物が、炭酸塩鉱物に取り込まれ長期保存された後、火星を飛び出し、隕石として地球へ届けられたと考えられる。(Koike et al. 2020)

火星隕石から火星の月へ
このようなノアキス期の物質が火星隕石として見つかるのは、非常に稀なケースです。大部分の火星隕石は5億〜1.7億年前という地質学的には “若い” 岩石で、火星に液体の水があった時代の状態を反映していません。ノアキス期の物質が確認されている隕石は、現状で2つ(本研究で用いたALH 84001と、サハラ砂漠で見つかったNWA 7034)のみです。さらに、この貴重な隕石も、落下〜回収までに地球の水や有機物による汚染を受けてしまっています。そのため、隕石の記録のみから火星史を推定するには原理的に限界があります。

今回、研究チームは分析技術を開発することで、地球物質による汚染の低減に成功しました。しかし、究極的には汚染を一切受けていな火星物質を調べる必要があります。

実は、火星隕石には、深刻なサンプリングバイアスが掛かっていることが懸念されています。火星の石が遥か遠い地球まで届くためには、火星の脱出速度を与える強い衝撃を受けなければなりません。この衝撃に耐えられる「頑丈な岩石」(新鮮な火成岩など)のみが隕石として運ばれ、水質変成物(元の岩石が周囲の水と反応した結果、二次的に生成する粘土鉱物などの物質)や有機物など「やわらかい・脆い物質」は途中で壊れてしまいます。一方で、フォボスやダイモスは火星にずっと近いため、火星隕石が受けた衝撃よりも小さな衝撃でも到達でき、火星から飛び出した脆い物質も無事に届き、降り積もっていると予想されます(Hyodo et al., 2019 Sci. Rep.)。

MMXによって回収を計画しているフォボス試料中には、様々な場所・時代由来の火星物質も混在すると見込まれています(Usui et al., 2020 Space Sci. Rev.)。探査機のサンプルコンテナから、我々が「火星史のパズルのピース」を得る日も近いでしょう。


論文タイトル: In-situ preservation of nitrogen-bearing organics in Noachian Martian carbonates.

DOI: 10.1038/s41467-020-15931-4

著者: Mizuho Koike1*, Ryoichi Nakada2, Iori Kajitani1,3, Tomohiro Usui1,4, Yusuke Tamenori5, Haruna Sugahara1, and Atsuko Kobayashi4,6
(*責任著者)

所属機関:

  1. Department of Solar System Sciences, Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency. 3-1-1 Yoshinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252-5210, Japan.
  2. Kochi Institute for Core Sample Research, Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology (JAMSTEC). 200 Monobe, Nankoku, Kochi 783-8502, Japan.
  3. Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo. 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan.
  4. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology. 2-12-1 Ookayama, Meguro, Tokyo 152-8550, Japan.
  5. Spectroscopy and Imaging Division, Japan Synchrotron Radiation Research Institute. 1-1-1 Koto, Sayo-cho, Sayo-gun, Hyogo 679-5198, Japan
  6. Division of Geological and Planetary Sciences, California Institute of Technology, Pasadena, CA 91125, U.S.A.