近赤外分光チームフランス滞在記

東北大大学院理学研究科  中村 智樹

このブログをご覧になっている皆さんはご存知の通り、我々はMMX (Martian Moons eXploration)ミッションによって、謎の多い火星の月の起源の議論に最終決着をつけるべく、確実にそれが達成できるように探査計画を練っています。火星の月からサンプルを持って帰りさえすれば、そのサンプルが決定的証拠を我々に教えてくれると単純に考えるのは間違いで、火星衛星のどこからサンプルを回収するのか、そのサンプルは確実に決定打を与えてくれるのか、周到な議論と計画が必要です。そのためには火星衛星上にどんな物質がどのように分布しているのかを徹底的に把握し、火星衛星の起源を教えてくれる、火星衛星を代表し火星衛星形成後に最小限の変成しか受けていない物質を特定する必要があります。

 

火星衛星の物質分布を調べるのに最も有効なのが、可視・近赤外分光計とガンマ・中性子分光計です。いずれも検出する波長が大きく異なりますが、すべて太陽光および銀河宇宙線と表層物質との相互作用を利用し、特定の鉱物や元素の存在を示す特定の波長の放射線の測定することで、それらの特定の鉱物や元素の存在度を教えてくれます。MMX探査機に搭載予定の近赤外分光計は日仏共同開発を行っており(フランス宇宙局CNESとの協定締結は既報)、昨年度からフランス側(代表ビブリング教授)と何度もお互い行き来し、具体的な機器性能や観測計画に関する議論を積み重ねてきました。今回は日本側PIの宇宙研の岩田先生をはじめ総勢5名が1週間フランスに滞在し、サイエンスワークショップを開催し科学的な議論を行うと同時に、搭載予定の光学系(後述します)を持つ分光装置により始原隕石の測定を行いました。

 

MMX探査機に搭載する予定の近赤外分光計(MacrOmega)は、AOTF(acousto-optic tuneable filter)方式という大変特徴的な光学系を持っています。通常、光を分光(白色光を各波長の単色光に分けること)する場合は分光結晶を用いますが、AOTF方式では超音波で疑似的な「分光結晶」を作り出し、特定の波長だけの光を取り出すことができます。また、電気により超音波を変化させることにより、任意の波長の光を引き出すことができるわけです。これによりMacrOmegaは近赤外波長領域の重要な波長の二次元の画像を極短時間で撮影することが可能になり、MMXミッションは火星衛星上の物質分布を効率的に把握することができるわけです。重要な波長とは、例えば水の存在を示す吸収が現れる波長3µm周辺や、有機物の存在を示す3.5µm周辺です。

 

火星衛星の起源を特定するために必要な空間解像度と誤差で火星衛星を測定するために、どのような観測方法が可能か、また、他の観測機器と連携してベストの観測を行うにはどうしたらよいか、連日、白熱した議論が続きました。議論の結果として、最も安全な機器設計においても、我々が必要とする科学観測が可能な見込みがついたことが最も大きな収穫です。この見込みをより確実にするための具体的なアクションを日仏ともにリストアップして、長時間続いた熱い議論は成功に終わりました。フォボス、ダイモス観測の議論に引き続き、火星本体の観測に関しても議論を行いました。長時間議論を重ねることで、お互いの人間性をぶつけ合うことで、深い信頼関係ができたことを実感しました。

 

議論に並行してAOTF光学系を搭載するテスト装置による始原隕石測定を行いました。測定したサンプルは始原隕石の中でも最も黒く(反射率5%程度:ほぼ真っ黒)、細かな組織を持つ炭素質隕石です。実はフォボスもたいへん暗く、炭素質隕石と同等の暗さを持つことが知られています。したがってテスト装置は、様々な波長でこの炭素質隕石のキチンとした二次元画像を得ることができる必要があります。測定の結果、試した2つの光学系においていずれも科学解析に十分なきれいな画像を得られました。今後測定結果の詳細解析をすることで、実際の観測計画に生かしていこうと考えています。

 

これまでの1年半におよぶやり取りと今回の集中議論を通して、日仏混成のMacrOmegaチームが、心を一つにして最高の火星衛星観測(および火星観測)を行うべく前進することができると確信できるようになりました。フランス側の過去のフォボス観測経験に基づくアドバイスは大変貴重で、惜しげなく情報提供してくれることに対して深謝します。こちらは物質科学的な考察などをフォボス観測計画に大きく反映させることにより貢献していきます。火星衛星に近づいたMMX探査機から送られてくる、いろいろな波長の大変綺麗な画像を見ながら、ビブリングさんたちと今回と同じような熱い議論をすることを楽しみにしています。